道草ナビゲーション〜植草甚一『ジャズの前衛と黒人たち』(晶文社)


 すこし肌寒い朝に目覚めて、どっかりとソファーに座り込む。終日の雨模様に、手持ち無沙汰でリビングテーブル前の本を手に取る。先日、打ち合わせからの帰りに自宅最寄り駅を通り過ぎ、二駅先で降りてぶらぶらしていて見つけた、ジャズ評論の故・植草甚一さんの一冊。そこは70、80年代の音楽関係の蔵書が豊富な、こじゃれた古本屋で500円だった。筑摩文庫の太宰治全集1巻と併せて1100円。

 先のジャズエッセイをぱらぱらめくっていると、ぼくの好きなホレス・シルヴァーの来日公演時に、植草さんが楽屋裏で彼や彼のサイドプレーヤーと雑談していた模様が書き留められている。そうか、シルヴァーと同時代を生きていたんだよね、しかもそんな息遣いが聴こえる距離で。

 植草さんはシルヴァーのステージ演奏についてこうつづる。

トニースコットをゲストにして「シニョルブルース」がはじまったが、このときのトニーのクラリネット・ソロを聴くにおよんで、ぼくはすっかり興奮してしまった。それはクラリネットが出せる、もっとも激情的な<叫び>だというほかない。両足をすこしひろげたトニーは、ほとんど床までからだが届くくらい上半身をまるく曲げてゆき、それからもとの姿勢にもどって反りかえるだけ反ると、幾コーラスもつづけながら、この動作をくりかえしていくのだった。それはスタンド・プレイにみえたかもしれないけれど、クラリネットの最高音で思い切り<叫ぶ>とするならば、こうなるしかないだろう。

 クラリネットの叫び?
 好奇心ががぜんかき立てられる。植草さんのエッセイをナビゲーションに、行き当たりばったりでジャズを聴く、そんな楽しげな企みを思いつく。これだから道草は止められない。まっ、問題はそれらの演奏なり音源を見つけられるかどうか、だけどね。
(以下、シルヴァーの「シニョルブルース」9分超ありますが、この舞台ではクラリネット奏者が見当たりません)