健康そうで不健康な背中

「お客さん、すみません」
 そう呼び止められた。場所は近所の公立中学校の温水プール、ちょうど18時半すぎ頃でプールサイドに入場した直後だった。何事かと振り返ると、学生アルバイト風の監視員の男性はこう続けた、あのぉ〜、背中のサロンパスは取っていただけますか、と。あっ、あっ、あああ、と意味不明な擬音語が口をついて漏れた。


 昨日の3時間走の疲労が、今朝目覚めてもかなり身体に残っていた。昨夜の入浴後も入念にストレッチをしたはずだが、このままだと故障につながりかねないと、朝起きるとすぐに、右足裏と左太腿裏に2枚ずつ貼っていたサロンパスを貼り替えてもみた。
 さらに重力のあまりかからない水泳で汗をかき、血流を良くして筋肉をほぐそうとプールにやってきたところだった。自宅に戻り、奥さんにその顛末を話すと、「いやぁだぁ〜、はずかしい〜ぃ」と嘲笑された。


 この話には前段がある。プールに出かける前、右足裏と左太腿の裏のサロンパスはきちんと取ってから自宅を後にしていたからだ。だが、背中の腰上あたりのサロンパスは昨夜から貼りっぱなし。ランニングの後はいつも貼ってもらっているところだから、注意力が及ばなかった。いや、それとも部分的アルツハイマーか。
 冬の夕方にプールに出かけた健康そうで、なぜか不健康そうな男の背中には、取り立てのサロンパスの跡が、縦に2枚分くっきりと残っていたはずだ。