わらえて、いたくて、せつない狂気〜中島美代子著『らも 中島らもとの三十五年』(集英社)

「劣等感と崇拝がそうであるように、優越感と軽蔑も愛の重要な隠し味なのだ」
 この本の前に読んだ本の一節。そして上記の『らも』は、まさにその一文をリエゾンするかのような夫婦の軌跡が綴られていた。まるでシンクロニシティのような流れに気味が悪くなる。


 人気エッセイストとなった夫が自宅に連れ込んだ女性と寝るために、奥さんにも自分の指名する男と寝るように命じる。その倒錯にただただ応じる妻。その一点だけをつまみ上げても、この夫婦は尋常じゃない。


 導入から句読点の打ち方、文章の切り方が抜群に上手くて、高校時代の出会いから最初の読み口は愉快で軽く、するすると引き込まれる。すると、そんな淡々とした狂気がぽっかりと口を開けてたたずんでいる。


 さらに脚光を浴びた男が家に戻らず、酒と薬と女に溺れながら創作活動に没入することで、夫婦関係が目に見えない部分できしみ、傷み、よじれる。
 なぜ見えないかというと、妻はその間いたって平静に母子生活をつづけ、時にオートバイで疾駆し、時に他の男と寝ながらも、みんなのものになった夫の帰りをひたすら待っているからだ。


 傷つけて傷ついて深まる絆。劣等感と崇拝と優越感と軽蔑と夫の死をへて、妻は本のあとがきにこう綴る。

ね、だから、わりとうまいこと逝けたんじゃない?らも。将来に絶望しかなかったらもが、やりたいことを見つけ、やりたいことをやって、たくさんの人に愛され、仕事が成功して。いい人生だったよね。ほんとうによかった。その中に私が加われたことが、誇りです。

らも 中島らもとの三十五年 (集英社文庫)

らも 中島らもとの三十五年 (集英社文庫)