蜃気楼(しんきろう)

 ちょうど3カ月ぶりで1時間走った。ゆっくりしたペースだったが、独楽(こま)をイメージして、体幹を軸にして気持ち上体を進行方向に傾けて胸を張り、リズミカルに走りながら、両方の肩甲骨を背骨側へと交互に動かす。肩から力を抜くと、わりとリラックスして走れた。昼間の暑さは消え去り、かなり湿気をはらんではいたものの、夕暮れどきの強い風は心地よかった。


 その夜、14年ぶりで韓国の友人とスカイプで話した。パソコンの画面に映るアイツは、奥さんを連れて東京に遊びに来たときと、ほとんど変わっていなかった。まっ、医学部の学生だった頃から、老け顔だったけれど、その顔つきが安定した人生を物語ってもいた。Facebookでオレの名前を検索して、似たような名前の中からプロフィール写真で見当をつけ、友だちリクエストを昨日送ってきてくれたのだ。


 おまえ、その髪の毛は地毛か? そう聞くと、染めてるに決まっているだろう、職業柄、患者さんたちには若く見えたほうがいいからな、とアイツ。病院を退職後、友人2人で、主にリュウマチなどを診察する病院をソウル市内で経営中。2人の子供はカナダへ留学していて、今は夫婦2人の生活だという。Facebookにカナダ旅行の写真が多かった理由がそれでわかった。


 お互いに2年前に母親を亡くし、老いた父親が妹と暮しているのもなぜか同じだった。アイツのオンマは、どんなに夜遅く訪ねても「アラカワ、メシを食べろ!」と慶尚道キョンドウ)なまりの強い韓国語で言っては、冷蔵庫からオカズをあれこれと引っ張り出して食卓に並べてくれる、肝っ玉母さんだった。心から、心から冥福を御祈りしたい。


 オントリ・ハングンマル(テキトーな韓国語)で、それでも1時間ほど話した。助詞や動詞の時制はメチャクチャだったと思うけれど、割と意思疎通はできてよかった。言葉って、必要に迫られればあれこれ出てくるもんだ、アイツのオンマがいつも食卓へ並べてくれたオカズみたいに。
 来年2月1日に1泊2日で、アイスホッケーの試合を観に、夫婦で東京へ来るときに再会する約束もできた。お互いにメルアドや電話番号や住所などをメッセージでやりとりした後に、アイツがこう言い添えた。


「いい知らせも、良くない知らせも、これからはまめに知らせてくれよな」
 画面に映る姿以上に、そんな何気ない一言がなんともアイツらしくて懐かしくて(パンガオソ)、うれしかった(キポッタ)。同時に3カ月ぶりも14年ぶりも、大して差がないことを実感する。いずれも過ぎてしまえば、あっという間。だからこそ今日1日をよく考えて過ごさないと、すぐにハラボジ(ジジイ)になっちまう。