朝露のマジックアワー


 午前5時半すぎには、静まり返る里山の林の向う側を少しずつ明るくしていた朝陽。それが林の間からゆっくりと昇り出すと、目の前の芥子(からし)色の稲穂たちが朝露を乱反射させて少しずつ黄金色を帯び、無音のオーケストラみたいに辺り一面が一斉に輝きはじめる。
 稲刈りは早朝にかぎる。人の気配も車のエンジン音もなく、空気は澄んでいて涼やか。汗もかかず、集中力も高くて疲れにくい。何より、3人のおじさんたちの身体にやさしい。だが、稲刈りをする手は朝露のおかげですでにびっしょりと濡れている。


 以前、福島県二本松市有機農家で、同じ時間帯にスナップエンドウの収穫を手伝わせてもらったことがある。その元キャリア官僚の彼は、前日の日中に太陽をいっぱいに浴びて糖度を高めたそれは、早朝がもっとも美味しいと話していた。たしかに塩少々だけでさっと湯がいたそれは、艶々した緑色でとても甘くて、実際にぷりぷりしていた。


 まっ、稲穂をその場で食べることはできないが、素人のお米作りとはいえ、その美味しさはじゅうぶんに想像できる。去年収穫して乾燥させた藁(わら)3本を見繕い、4、5束の稲を一度縛り、それを右手で4、5回縒(よ)り合せて巻いた藁の狭間に差し込んで留める。
 一連の動作を覚えている自分の手が頼もしい。草で指2カ所を切り、鎌の刃でうっかり1カ所の傷をつくってしまったが、それも今年の収穫の名残りのひとつ。
 

 先週、仲間の一人が立てておいてくれたオダに、その稲束を天日干しするために掛けていく。腰をかがめての稲刈りも、両手を上げるオダ掛けも、左腕には格好のリハビリだ。日差しが熱くなり始めた9時半すぎに、4回目の稲刈りがすべて終わった。