神様からのプレゼント〜 いたばしリバーサイドハーフマラソン

「余裕ですね?」
 明らかに失速しているのに、なぜか牧村三枝子の『みちづれ』を歌っている60年配ランナーに、そう声をかけた。17キロすぎ地点で一番辛いところだ。
「いやぁ、脚はもう動かないんだけどね、ほら、呼吸はぜんぜん大丈夫だからね」
 彼はすぐさま、少し高い声でそう返してきた。いい笑顔だった。


 気持ちはよくわかる。だが、この場所で脚に乳酸が回ってしまうと、まず気持ちが折れる。そのショックに見舞われるはずなのだが、それを唄を歌ってはね返す。ずいぶん強い気持ちの持ち主だった。
「がんばってください」
 そう声をかけて前を目指した。そんな自分も少し頼もしかった。結局、自分もゴール前1キロで同じく両脚に乳酸が回ってしまったのだけれど。


 快晴でほぼ無風。少し暑い程度で絶好のコンディションの中、怪我をしてからきっかり半年後のレースを満喫できた。
 霧雨の中しびれる左腕を脱力させ、タクシーがなかなか見つからずに、川沿い道を自宅へてくてくと歩いていた光景。手術後の病院のベッドでなかなか眠れず、まんじりともせずに見つめていた鈍いオレンジ色の天井灯。怪我からきっかり2カ月後、近所を15分走ってかいた汗の気持ち良さ・・・・・・。牧草を食み反芻する牛みたいに、いくつかの場面を思い返しながら、ぼくは全身の力を抜くために意図的に笑顔を作ったりした。1時間53分49秒でゴール。

 
 今も左上腕から肩周辺、左胸筋上部にかけて硬い。可動域が広い足首や肩のリハビリは、元通りに近い状態になるのに時間がかかるといわれる。そのリハビリとして先週から水泳を始めた。時折ゴキゴキと鳴る左腕まわりの腱(けん)や、その痛みと向き合いながらの地味な自宅リハビリもコツコツと続けている。20年後に振り返ったときに、あの怪我がとっても大きな分岐点だったな、笑ってそう振り返りたいから。