生き物


 

 本は生き物だとつくづく思う。
 3年前に出版された本は、今まで1000部ずつ2回の増刷を重ね、いろいろな人たちとの出会いをつづけている。誰かの心を突き動かして、いろんな場所でコンサートが実現している。


 被爆ピアノの出前コンサートで全国を回っているピアノ調律師の矢川さんから、新聞記事のコピーが送られてきた。「被爆ピアノ81年ぶり里帰り」という見出しで、浜松の中学3年生の女の子が、矢川さんの著書『海をこえる被爆ピアノ』を読んで、先月中旬に被爆ピアノのコンサートを開催したという静岡新聞の記事。


 その女の子は、小学生の頃に新聞で矢川さんの被爆ピアノの活動を知り、昨夏に彼の著書を読み、自分の中学でそのコンサートを実現したいと決意した。


 スチャラカが記事を読んでから矢川さんに電話したところ、彼女本人から何度も電話をもらっていたという。最期は、学校側がその生徒の思いに動かされて、ある支援事業に応募して予算を確保し、今回のコンサート実現に至ったのだという。
「生徒と1冊の本との出合いが、学校や地域を突き動かした」
 その生徒の企画実現に尽力した女性教諭の言葉が記事でも紹介されている。


「わたしが死んでも、この本は生き続けますからね」
 矢川さんのそんな縁起でもない言葉に、スチャラカは受話器ごしに苦笑しながら、その本の誕生にたずさわれた幸せをあらためて噛みしめていた。

世の中への扉 海をわたる被爆ピアノ

世の中への扉 海をわたる被爆ピアノ