凡人ですが何か?〜お台場30キロ


「凡人ですが何か?」
  ぼくの目の前に現れた男性の黄色いTシャツの背中に黒字ゴシック体で書かれた言葉に、おもわず口角があがった。およそレース半分をすぎた16キロ地点辺り。レースではTシャツの背中の言葉をいろいろ見て来たが、一番のセンスだった。
  特別な才能にめぐまれた一握りの人たち以外は、みんな凡人。ならば「凡人だから何か?」と開き直って、自分なりに好きな人やものを見つけておおいに楽しめばいい。凡人ですが走ることは止められません、だけでもじゅうぶん遊べる。


  クリスマス前の恋人たちでごった返すお台場海浜公園駅から台場駅に背を向けて、日本晴れのこの日にわざわざ30キロレースに集まった800人余りの酔狂な人たち。お台場海浜公園でウィンドサーフィンをやっている砂浜周辺5キロのコースを6周した。
  とりわけレース後半は、レインボーブリッジ側はひどい向かい風になり、何度か気持ちが折れそうになった。それでも両脚に乳酸が溜まっても、肩甲骨を大きく動かし体幹を使って走り切る術は身につけた。


  ところが、自分ではマイペースのつもりが、前半からオーバーペースになる悪癖はなかなか抜けなかった。5キロから15キロまでの10キロは、5分/キロというひどさで、そのツケが20キロ以降の減速につながった。この不安定な走り方はフルでは通用しない。
  だが神様は気まぐれだった。ペース管理は最低なのに、タイムは自己最高を約4分も短縮する2時間45分16秒。最終目標は3月のフルで、キロ5分50秒のペースを守るための30キロ走だったことを考えれば、けっして素直には喜べない。


  完走後に配られたおにぎりとカップ味噌汁をお腹に入れ、持参の大福を1個頬張る。そしてお台場に沈む夕日を右に見ながら、硬直した下半身をストレッチでほぐしているときに、行きの電車内で読み終えたレイモンド・カーヴァーのある短篇の、主人公のこんなつぶやきがふいに思い浮かんだ。(「こういうのはどう?」より抜粋引用)
「たしかに今、苦境に立たされている。それは認めよう。でも、そもそも人生とは、そういうものじゃないか」

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)