カメのように前へ ~ 柴又60Km走

    ちょうど49キロすぎだった。前を走る男性の背中のゼッケンに書かれたメッセージが目に入った。
「初ウルトラ挑戦。自分には負けたくない。距離にも負けたくありません。そして感謝!62歳」
    白髪頭には不似合いなほどがっしりした体躯に、日焼けした太い首と二の腕、きれいに盛り上がる両ふくらはぎ。メッセージ最後の「感謝」は、こんなドMな趣味を許してくれるご家族へか、走れる健康を保てていることへか。もしくは、このクソ暑い中で大会をサポートしてくれている人たちへのものかはわからない。それら全部かもしれないが、最後の「感謝!」が効果的だった。何より、その年齢で初挑戦しようと決めた気持ちがカッコ良かった。


    背中のメッセージ、かっこいいですね。彼と並んだ時点で、そう声を掛けると、「あ、ありがとうございます」と返事が返ってきたので、元気をいただきましたと告げて前に出ると、後方から「残り10キロ頑張りましょ!」と彼からエールが返ってきた。そんな言葉を交わせる心の余裕がまだ残っている自分にもうれしかった。
    背中に書かれた彼の決意に、ぼくの心が動いて思わず発した言葉に、彼からの御礼があり、ぼくからの御礼があって、ふたたび彼からエールをもらう。木霊(こだま)みたいに言葉が行き交い、お互いが、いや周りを走るランナーたちもふくめて束の間背中を押される。


    最高気温34度近かった日曜のレースは、すでに折り返しの30キロ手前辺りから多くの人達が歩き始めていた。60Kは9時半スタートで、11時から14時頃までが気温もピークだった気がする。前半はまだ涼しい風が吹いていたが、その頃にはぴたりと止んでもいた。
    だが、1回歩いていしまうと気持ちが切れてしまうし、前回のフルマラソンの屈辱も晴らせないと、ひたすら肩甲骨を大きく動かして前へ。そして歩いている人たちを、1人、2人と抜いて地道に順位をあげていく。


    カメのように遅くても歩いている人よりは速い。ちまちまと順位を上げる度に、心の中でガッツポーズをして「よっしゃ!」と声をあげて推進力に換える。あるいは、無理矢理に満面の笑みをつくって両肩の力を抜きながら、「おまえが望んで走ってるんやぞ」と自分に言い聞かせるてみる。ITがもっと発達して、ランナーの声なき声を言葉に見える化できたら、ウルトラマラソンとか見たらおもしろいだろうなぁ、そんな余計なことまで考えて気を紛らわせたりしていた。