心が折れる音 〜 オランダ対スペイン5:1

    スペインの守護神カシージャスは、きっとあの場所から、世界中の人々の視線から走って逃げ出したかったにちがいない。前回W杯王者の初戦で、守備陣からのバックパスをトラップミスしたところをファンペルシーに狙われ、慌ててボールを追いかけたところで濡れたピッチに足をすべらせて転倒。これ以上ない不様(ぶざま)さをさらしたうえに、ゴールまで決められてしまったあの場面のこと。
    くしくも前回の決勝戦と同じ組み合わせになったW杯初戦で、だ。少し前に激しくなった雨足がこんな顛末(てんまつ)をお膳立てするとは、おそらく誰も想像してなかったはずで、両チームの歓喜と落胆のコントラストは非情ですらあり、彼の虚ろな眼差しにこの一戦が凝縮されていた。


    前半はひりつく内容だった。奇襲5バックでスペインのパスサッカーをことごとく寸断するオランダだったが、じりじりと守備ラインの裏をとられ始めたところ、PKを決めてスペインが先制。このまま終了かと思われたとき、一発のロングボールを主将ファンペルシーが芸術的なダイビングヘッドで決めて同点。
    先日のザンビア戦での青山・大久保コンビを彷彿とさせたが、技術的にはトラップなしのファンペルシーのほうがより秀逸で美しかった。試合の前半はまばたきひとつ許さない剣豪同士のつば迫り合いをじゅうぶんに堪能させてくれた。それだけに緊張感が途切れた後の、王者の崩壊もまた劇的だった。たかが蹴球されど蹴球の、心がざわつく日常が始まった。