世の中に知らしめる力


   ドリアン助川さんがね、「カンヌに一緒に行きましょう」といわれたので、タキシードまで作って夫婦で出かけたわけです。パリのほうかと思ったら、カンヌって南フランスでね、イタリアも近いっていうから、せっかくだからって、スパゲッティ食べにイタリアにも行ってきたんですよ、美味しかったなぁ。


   まるで海外パック旅行を語るかのように、彼はあっけらかんとそう話し、会場の笑いを誘う。6月21日(日)昼過ぎ、場所は国立らい療養所のひとつ「多摩全生園」(東京都東村山市)の集会所。
   FIWCワークキャンパーでもある、西尾剛雄志(早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター客員准教授)の博士号取得と、『ハンセン病の「脱」神話化』出版記念パーティーでのこと。


   冒頭の語り手の「彼」とは、日本で初めて実名で自身がハンセン病であることを公表した、森元美代治さん。世界のハンセン病の患者や回復者の支援や、病気の啓蒙活動に取り組まれているNPO法人「IDEA ジャパン」理事長でもある。名前は存じていたものの、お会いするのは今日が初めてだったが、冒頭のお話ぶりでその人柄の一端を伺い知ることができた。


   およそ30年前の学生時代にぼくが同ワークキャンプに参加した頃は、韓国の山間部に点在した、らい回復者の方々が暮らす村で、セメント舗装などの土方作業を主に行なっていた。だが、今や韓国以外にも、中国やインド、フィリピンなどへと広がっていて、この日は20代の現役キャンパーも多く参席していた。


   森元さんが話された「カンヌ」とは、カンヌ国際映画祭のこと。同映画祭に出品された河瀬直美監督作品『あん』は、原作となる同名小説の著者ドリアン助川さんが、森元さんと出会ったことから生まれた作品だ。
   日本社会では長い間隔離され、隠されてきた少数者の方々が、小説としてすくい上げられ、それが映画になり「カンヌ映画祭」という権威に認められたことで、多くの日本人がその事実を知ることになる。同映画に、森元夫妻もちらっと出演されているらしい。早く小説を読み終えて、観に行きたい。一冊の本が秘める威力を淀みがちな目の前に突きつけてもらった。