休憩のテラス〜「画家の素顔」展・石橋美術館(7月5日まで・福岡県久留米市)

   右斜め上から雨が降り続いているが、音はしない。目の前で葉をゆらす7月4日の枝垂れ桜や、弧状に覗く池の白蓮、その周囲をゆっくりと歩き回る真鴨、そして何より朝からつづく雨のせいでいっそう艶やかな緑葉の林に、ただただ溜息がもれる。
   縦3m横6mほどの大画面で、春にくれば、あの桜の花びらはどれだけあでやかなのだろうか、あるいは鴨たちはその毛並みを変えているのか、と想いを馳せずにいられない。


   「休憩のテラス」と呼ばれる一室が、石橋美術館の展覧会場に、ちょっとした出窓みたいに設けられている。3つの洒落たソファが置かれ、展覧会の箸休めに、たとえば、グレン・グールドが弾くバッハの『ゴールドベルグ変奏曲』の静謐な冒頭みたいな窓の景色を前に、ありとあらゆるものから心を解き放つことができる。


   もちろん、藤田嗣治の『横たわる女と猫』や青木繁の『自画像』、鴨居玲の『蜘蛛の糸』や中川一政の『薔薇』もそれぞれ良かったけれど、この一区画の予想外のホスピタリティのほうに、心をつかまれていた。


   雨が降る中、西鉄福岡から特急電車で30分と徒歩約10分、パレットと自画像でさぐる『画家の素顔』展に出かけた。レンガ色の美術館正面の円い噴水のある前庭は、明らかに仏ヴェルサイユ宮殿のそれをコンパクトに模していて、赤・青・黄色の花々が曇天の下で揺れている。駅から続くいかにもありふれた地方都市然とした道のりを、瞬き一つで消し去るかのような夢見心地な空間。
   そしてこの美術館自体が街にとっての、いや、猫も鼻糞もかき集めた「多数」という数の暴力によって、厚顔無恥な嘘がまかり通りそうなこの国にとっての、休憩のテラスだった。