ゆるさにぷかぷかゆだねる

 JR岡山駅前から後楽園行きのシャトルバスで通り過ぎたときから気になっていた。まだ午前10時半前なのに、駅前から伸びる桃太郎通りぞいにある少し色褪せた赤い暖簾のラーメン屋の前に5人が列を作っていたから。この老舗感満載の外観で、開店の1時間から並ぶとは相当な名店ではないか、と。


 後楽園をゆっくりと散策して高さ3、4mほどの巨岩を16分割して2カ所に据える権力誇示と、茶畑や稲田をも共存させるセンスを味わう。園のほぼ中央にある流店(りゅうてん)と呼ばれる休憩所で靴を脱いで板張りに両足を投げ出してみる。板の間の中央を水路が走り、石が据えられて、その水面に周囲の緑と青空を映すという趣向がイカしている。
 女性二人で職場や子育ての愚痴話に花を咲かせている人もいれば、昼寝を決め込んでいるおじさんや若者もいる。同じ庭園内に、高台から全体を一望できる場所と、こんなゆるい場所の両方をしつらえている気遣いが心地いい。仕事関連で読みかけの文庫本のページをめくると、秋めいた涼やかな風が頬をなでてきて気持ちがふっとゆるむ。


 庭園を出てバスに乗り込み、天満屋などを経由で岡山駅方面へ向かう中でふっと思い立って途中下車し、先のラーメン店へ向かった。一瞬の好奇心に身体をゆだねてみることにした。午後12時20分すぎだったが、やっぱり6人ほどの列ができていた。その列に並んでみたらなんと10時半開店だった。早っ!もしや岡山の人たちは意外とせっかちなのか。そもそもそれは遅い朝食なのか、早めの昼飯なのか、はたまた岡山式ブランチなのか。


 店内に入ると全13席の小さな店で、肩寄せ合うようにラーメンをすすっている。メニューは昔懐かしい支那そば風の天神ラーメン750円のみで、あとは卵の有無や肉の有無などでメニューが分かれる。こういう潔さは大好物!脂多めの濃厚な醤油味スープと極細の黄色い細麺のコントラストが際立っていた。ある種の郷愁と、最近はやりの濃口スープのマッチングが老若男女に列を作らせる秘密か。こんな純朴な味を愛する岡山の人たちの人柄と、後楽園流店の牧歌的な空気感が、ラーメンをすすりながら温まるぼくの身体の中でじんわりとつながっていく。


 満腹で近くのアーケードの商店街を歩くと予想外に丸善があり、気になっていた最果タヒの最新詩集『愛のつなぎ目』(リトルモア)を見つけて購入。都内と比べれば妙にだだっ広く、商店街の2階にあるジャズ喫茶でぼんやりとそのページをめくる。久しぶりのエトランゼ感と、平日の地方都市でのまったりとした昼下がりにぷかぷかとうかんでみる。


『私の命のほんのひとかけらは、きっと未来へはゆかずに、
 ひたすら過去へと遡っているはずだった。
 私が生まれるまえ、あの建物ができるまえ、合戦の気配、開拓の気配、
 走り抜けるニホンオオカミと、黒くなるほど生い茂った緑。
 私の瞳は私の知らないものを、すべて見て、ここにいた。  
                最果タヒ「ビニール傘の詩」より抜粋 』
     

愛の縫い目はここ

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