深澤直人『デザインの輪郭』〜暮らしの重心を知るデザインの強度

デザインの輪郭 
 本との出合いは恋愛に似ている。どちらも理由なく目に留まる。そして気になり、目が離せなくなる。もっと読みたく、あるいは知りたくなる。
 恋愛についてはさておき、いい本を見分ける嗅覚には自信がある。ここでの「いい本」とは、新たな発見をさせてくれる、もしくはそのときの自分にとって必要な何かをふくんでいるもの、という意味だ。
 たった一冊だけ棚ざしの、三通りの灰色でグラデーションされたその本を、ぼくは見つけた。本をめくると、こんな言葉があった。

デザインの輪郭とは、まさにものの具体的な輪郭のことである。それは同時に、その周りの空気の輪郭でもあり、そのもののかたちに抜き取られた、空中に空いた穴の輪郭でもある。その輪郭を見いだすことがデザインである。

 このフレーズに胸を鷲づかみにされた。
 自分の仕事に置き換えていうと、何かを書くということは何かを書かないことで、行間のある文章とは、書かなくてもその何かを伝えられるということだから。実際に読み進めていくと、最後にはこんな言葉と向き合うことになった。

人間が、まったく何もないゼロの状態から生活をするための場所を決め、家を建て、そのための道具を考案したことを自分も体験してみたかった。小さくてもその経験があって初めて、家も道具もデザインできると思った。

 日々の暮らしの中で使われるものをデザインする仕事だからと、深澤さんは水もガスも電気もない場所で家作りを始めた。八ヶ岳の山中に土地を買い、自ら木を切り草を刈り、自らセメントをこねて流し込んで基礎を作り、まずは広々したウッドデッキを作る。もちろん、失敗をかさねての試行錯誤で。
 その中で、彼は暮らしを成り立たせるために、これ以上削りようがないギリギリなものを身体で感じ取っていく。与えられたものではなく、無から有を自ら生み出す過程で、そんな生活の重心をつかむ過程がカッコイイ。
 それを踏まえながら、彼は自らのデザインに磨きをかける。暮らしの重心を身体で知った上で、その暮らしの中で使われるものをデザインする。その誠実なアプローチ、真っ当なバランス感覚、贅肉のない主観と客観、あるいは自分とデザインと社会への視座に深く共感させられる。
 もちろん、他にも何度も読み返したい視点や感性はある。実際、本に張られた付箋は10枚を超えている。ただ、極論すれば、これら二つの言葉の塊(かたまり)と出会うために、この本はいまの自分には不可欠だった。