どん底は強い

 

夫のちんぽが入らない (講談社文庫)

夫のちんぽが入らない (講談社文庫)

 

  劣等感は度を越すと笑える。本人はもちろん、他人も笑い飛ばせる。

 表題通りの女性が主人公の、この陰々滅々とした作品も、時おり混じるユーモラスな比喩であっさりと笑いへとひっくり返る。どーしよーもなく暗い話のはずが、気がつくと読みながらニヤニヤしている。

 

 「どうしてだろうね」と言っては手や口で出す日が続いた。私にできることはそれくらいしかない。農作業のようであった。あと何年こうして耕せば、ちんぽが入るようになるのだろう。このまま凶作が続くのだろうか。自分の不能さに打ちひしがれた。

 

 この「農作業」が素晴らしい。

 比喩は、悲惨な事実から距離を置くことで生まれる。「農作業」で笑いに転じることで、「入らないちんぽを入れようとし続ける」夫婦の営みが、その愚直さゆえに、今度は妙に愛しくなる。

 一度その味をしめれば、健康だった夫がいつの間にか精神を病み、主人公である妻が免疫異常で骨が曲がっても、二人と読者の関係はもうビクともしない。

 

 むしろ「どん底」を持つと、とても強い気持ちになれた。

 根暗で劣等感まみれのはずの主人公は、いつの間にかそこまで書く。恋愛さえ「コスパが悪い」と切り捨てられる世の中では、彼女の強い気持ちに勝てる人はそういない。その一点で、この暗鬱とした作品は頑丈な輝きを放ちだす。

 

 実は、その前に夫が妻の実家に結婚の申し込みに出向いた際、自分の娘をなぜかけなす父親へ、夫が口にした言葉でその輝きはすでに頂点に達していた。

「僕はこんな純粋な人、見たことがないんですよ」

 ちんぽが全然入らない妻をこう言い切れる恋愛小説を、僕は生まれて初めて読んだ。