土左衛門ポーズの幸福

 肘掛のついた、クッションがよく沈む一人用革張りソファにでも深く腰掛ける要領で、ぼくは湯の中で全身の力をぬく。誰もいない畳二畳分ほどの、銭湯の露天風呂でのこと。これは両腕でコの字型にして、湯に浮かべるようにするのがコツ。他に誰もいないので、さらに口を半開きにして、ああ極楽極楽とでも一度つぶやいてみる。さらに両目をひんがら目にでもすれば、天然100%の阿呆顔ができあがる。仰向けの土左衛門ポーズともいえる。
 神田川沿いをえっちらほっちら、気持ちを切らさぬようにとだけ考えて走ってきた身には、この阿呆ポーズがじつに心地よい。全身の疲れが湯の中に染み出していくかのようだ。7、8分ほどそうしていて、少し逆上(のぼ)せそうになり、目をあけて立ち上がると今度は立ちくらみがした。
 1週間前は、10分間走3回でかなりヘトヘトだった。今日は20分間走から、気持ちを切らさずにジョギングでさらに10分。ウォーキング20分をはさんで、さらに15分間走とジョギング15分。だいぶ走れるようになってきた。ハーフマラソンなら2時間強は走らないといけない。気持ちを切らさず、たとえ失速してもジョギングでつないで完走したい。
 神田川沿いの紅く染まった街路樹が晴天の夕焼けを乱反射させる道を、まるでオレンジ色の夕陽を追いかけるように気持ちよく走ることができた。走り終わったら、無事に走れて良かったと思わず両方の手を合わせてしまった。