元外交官の知の鍛錬法〜佐藤優著『読書の技法』

 まず、この逆説による切り込み方にウッとなる。

基礎知識は熟読によってしか身につけることはできない。しかし、熟読できる本の数は限られている。そのため、熟読する本を絞り込む、時間を確保するための本の精査として、速読が必要になるのである。

 速読とは、いかに本を読まないようにするか、という技法だという論点に引き込まれる。ここで、効率的な読書法を目当てにこの本を手に取った人は、ある意味、心地よく裏切られるはずだ。そこでさらに食い下がろうとする人と、読む気が失せてしまう人に分かれるかもしれない。なにせ、この本で紹介されている本は、かなり高尚かつ難解なものが多いからだ。

 それらを端的に整理し、説明していく著者の筆さばきは「読書アスリート」と呼ぶにふさわしい。1日3時間睡眠で、4時間から6時間は読書の時間に充てているというだけあって、その読書法だけでなく、読後感の整理術なども、どこか筋力トレーニングの継続めいている。
 一点、ポイントとなる部分を簡潔に抜き書きすることで頭に定着させるという視点は、近頃物忘れがひどいスチャラカには、とてもありがたい。

 また、本書が「読書の技法」というより、「知の鍛錬法」のような奥行きを感じさせる理由が、エピローグに垣間見える。九鬼周造の「『いき』の構造」を読んだというロシアのインテリジェントオフィサー(特殊情報専門家)のエピソードはこう続く。

どこが面白いのかと尋ねると、相手は、「外交交渉でも日本人を相手にするときは、ロシア側の主張を一歩手前でとどめて、すべて出し尽くさないほうがよりよい成果を得ることができる。結論を言語にせず、一歩前でとめるのが、いきで、すべて言い切ってしまうと野暮になる。ロシアは野暮な交渉ばかりしていたので、日本との戦略的提携ができなかった」と答えた。

 元外交官によって、こういった目線の延長線上で選ばれ、読まれる本の読書術だからだ。最後に、まだ一冊しか試せていないが、ここで紹介されている5分間の超速読と、30分間の普通の速読の併用は、うまく活用できそうな予感が少しある。