『櫻よ〜「花見の作法」から「木のこころ」まで』佐野藤右衛門(集英社文庫)

rosa412004-07-21

 もう10年近く前の話だ。北海道美唄市に住む、樹木医の中内さんに会いに出かけたことがある。NHKで毎週金曜午後11時放送の「ドキュメントにんげん」に彼が出ていたのを観て、この人に会いたいと強く思ったからだ。仕事ではない、五月の連休を利用しての個人旅行だった。
 彼がその番組で語っていた「樹の声がきこえる」という言葉が耳にこびりついていた。ぼくもその声が堪らなくききたくなった。中内さんについて森に分け入り、彼は枯れ木みたいな枝からタラノメを切り取って、ぼくにくれた。青臭さと甘さが渾然一体とした味で、スーパーのパックものしか見たことがなかったので、とても有頂天になった。そして樹齢300年のミズナラの木肌に耳を当てて、ぼくも樹の声をきかせてもらった。
「チョロチョロチョロチョロ」
 確か、そんな声音だった。ミズナラが大地から水を吸い上げる音を、中内さんは「樹の声」と呼んでいた。医者が患者の心音に耳をすまして健康状態を診るように、彼もその声の強弱を聞いて、樹の健康状態を診ていた。自然への愛情と尊敬が詰まった素敵な言葉だと思う。
 佐野藤右衛門さんの本『櫻よ』(ASIN:4087476693)を読み終えた。以前にも、この本についてはちらっと触れた。(id:rosa41:20040709)
 佐野さんの言葉にも、中内さん同様、櫻への愛情と尊敬がたくさん詰まっている。そして彼が愛して止まない櫻を、無自覚に傷め、傷つけているくせに、そんなことにはまったくの無知、無関心な私やあなたへの怒りや軽蔑も、同様にたくさん詰まっている。読みすすめながら、僕は何度も恥ずかしくなり、また、自分の無知、無教養に何度もいたたまれなくなった。
 佐野さんの肩書きとは櫻守(さくらもり)といい、一年に5日ほどしか咲かない桜のために、残り360日の世話をする、櫻のお医者さんだ。中内さんといい、佐野さんといい、30年、40年という歳月を何かとしっかり向き合って生きてきた職業人の言葉の端々には、なんてどっしりとした知恵があふれているんだろう。
 その一方で、浅薄な「知識」や「情報」しかもたない自分の在り方が、とても醜く、粗雑で、貧相に思えてくる。嗚呼ぁ〜、自己嫌悪モード。・・・・・・いかんいかん、一人で落ち込んでいては。
 同時にこの本は、読んだ者を、無性に各地の山桜見物に出かけたくさせる。岐阜・根尾谷の「淡墨桜」、北海道・根室千島桜」、広島・江波山「被爆桜」、金沢・兼六園「冬桜」、そして佐野さん宅の桜畑で咲く「佐野桜」。クローン染井吉野にはない味わい、そしてそれぞれの物語を観て感じてみたい。

●佐野藤右衛門関連本
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