日中対立の火種作りの「きっかけは、フジテレビ」?!

 20年近く前、韓国に語学留学していたときにこんなことがあった。ソウル市にある延世大学は、当時下火になりつつあったとはいえ、定期的に学生デモが行われていた。学生らがデモ隊を組んで、拡声器でシュプレヒコールなどを行いながら正門へと進み、さらに学内へ出ようとすると、正門前に陣取っていた警官隊が催涙弾を発射して、それを阻止するという感じだ。
 渡韓した直後、学内の食堂で昼食をすませた僕は、そのデモに初めて遭遇した。だがデモの隊列に加わったのは20数人ほどで、その傍らでその10倍以上の学生たちが、催涙ガスが発射される前にと帰路を急ぐ姿があった。(なにせ一度ガス弾が投下されると、それから3、4日間は登校するときに、ハンカチで鼻を押さえないと耐えられないぐらい強烈だった。)ある者はアルバイトに、ある者はデートに向かったのだろう。
 初めてのデモが物珍しく、催涙ガスの凄ささえ知らなかった僕は、その一部始終を鼻と喉に激しい痛みを覚えながら、なんとか見届けた。案の定、学生たちは催涙ガス弾が発射されると、火炎瓶で少しは応酬したものの、激しく咳き込みながら全員が退散した。
 その翌日、朝日新聞を見ると、国際面に昨日のデモのことが縦長の5段ぐらいの記事で紹介されていた。そこには火炎瓶を投げる勇ましい痩せたメガネ面の学生一人だけが映る写真と、確か「延世大学で学生デモ」といった見出しと本文が添えられていた。
 それはまだ渡韓前の僕にはとても見慣れた記事だった。当時の国際面での韓国関連の記事は、後に大統領になる金大中や金泳三の民主化闘争か、学生デモしかなかったからだ。まだアジア大会さえ開かれる前の韓国報道は、その反復だった。
 しかしデモ隊の数十倍の人数の、帰宅を急ぐ学生を目の当たりした僕には、その朝日新聞の報道はあまりに強引な事実のトリミングに思えた。もちろん紙面の都合という物理的な制約はあったのだろう。しかしその記事を読む日本人が、韓国という国に対してどういうイメージを抱くのかという視点は、まるで欠落しているように思えた。報道する人間の「怠慢」だと。


 今夜、フジテレビの「ニュースJAPAN」という番組を観ていて、そんな昔のことを思い出した。その番組は、サッカーのアジア杯における中国での反日騒動を伝えていた。先のバーレーン戦を終えた日本チームのバスに投石する映像と、明日の試合場にかかげられた「文明的に観戦しよう」と呼びかける中国語でかかれた看板を映した後に、中国のインターネットの画面から「抗日」と書かれたものにフォーカスし、「すでに政治問題化している」というテロップを重ねる。さらには次に石原都知事の「(中国は)民度が低いから」というお得意の差別発言を組み合わせていた。さすが、「面白くなければテレビじゃない」というテレビ局だと、つくづく感心した。
 インターネットの書き込みなら、日本にだって民度の低いものは腐るほどあるだろう。何より、中国の一部地域の人たちの言動や、ネット掲示板での匿名の書き込みと、中国嫌いの都知事の発言を同列にならべて報道する意図とは、いったい何だろう。
 この番組を見る日本人の反中国感情を、いたずらに掻き立てるかもしれないという、危惧なんてさらさらない。「カンタン」で「オモシロければいい」というピーマン頭につける薬はない。いや、これではピーマンに失礼か。
 試しに、このニュース番組で検索したら、キャスターである松本氏のこんな言葉が書かれていて笑ってしまった。「童顔だが国際取材経験が豊富で、とくにアメリカに強い。鋭い分析に定評がある」らしい彼は、番組つくりの意気込みをこう語っている。

「夜のニュースは、“PERSPECTIVE(様々なニュースの視点)”を提示するのが大きな売りどころ。より深く、世の中の裏の流れにも敏感な、良い意味でおもしろいニュース番組をお伝えしていきたい」と語っている。

 なるほど、彼が考える「PERSPECTIVE」とはこの程度のレベルだったのね。その「国際取材経験の豊富さ」が思いやられる。日中対立の「きっかけは、フジテレビ」にならないことをお祈り申し上げます。

●もっとまともな分析と現地事情を読みたい方は、日経ビジネスエクスプレスに掲載された、田中信彦氏の「上海時報」をどうぞ。
http://nb.nikkeibp.co.jp/members/SHANGHAI/20040805/106313/
●「ニュースJAPAN」関連ページ
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/livenews/