第一回 雑草をもくもくとひっこ抜く


 じぶんが載る前の体重計が、すでに2、3キロの目盛りをさしていて、調整ねじを回してゼロにもどしたことが何度かある。自分ではまるで気づかなかったズレにハッとしたあの感じを、ふいに思い出した。


 グリリリッ、ガリリリッと蛙の声。トクトクトクトクと田んぼの排水管から落ちる水音。そのふたつが通奏低音のように、人気(ひとけ)のない週末の里山にひびいている。時おり、ホーホケキョと鶯(うぐいす)がさえずる。
 水を張った田んぼに伸びる雑草を、ぼくはもくもくとひっこ抜く。心と体がゆっくりとからっぽになっていく。走っているときに感じる、からっぽさとは少しちがう。乾いた手は土くさくなり、両手の爪(つめ)先が黒くよごれている。


 千葉県匝瑳市(そうさし)、都内から車で約2時間の場所だ。最寄りのJR駅からもかなり奥まったところにある里山の、水をためた稲田にはおびただしいオタマジャクシが繁殖していて、おどろかされる。こんな数を目の当たりにするのは、子供の頃以来。彼らものびのびできる、健康な田んぼであることがうれしい(写真左上のごちゃごちゃした黒いかたまりがそれ)。
 苗代を植える前の田んぼに、冬の内から水をはっておく冬季湛水(たんすい)という農法が、呼び込んだ小さな生命(いのち)。田んぼに流れ込む用水路は澄んでいて、初夏には平家蛍が飛ぶらしい。


 今年、ド素人男4人で分担しながら、無農薬の米づくりに挑戦するマイ田んぼ。地元の農家さんから600平方メートル弱の休耕田をお借りしたもの。田んぼの水はぬるく、遅い春の到来を指先に感じる。
 作業の合間に、畦道(あぜみち)に腰をおろしてボーッとする。まるで飽きない、というか、2時間ぐらいずっと何もしないでも平気そうな気持ちになる。都内の自宅なら、こうはいかない。何かしないといけないと、目に見えないものに急き立てられてしまうからだ。
 

(5月以降、この米づくり体験をアップしていくつもりです。また、上海の出来事は、3月29日分以降に書き足していきます)