稲刈り体験(1)

 左手親指と右手薬指の腹側の、赤い内出血跡がようやく消えた。
 そう思ったら、今度は左手中指の爪が赤黒く染まりだした。それらが生まれて初めての稲刈の記憶。


 左手親指は、黄金色に育った稲を刈りとろうと、数束をまとめてつかむときに一番力が入っていたらしい。先週末、2日間の作業を終えた帰り道に、2、3箇所が赤い斑点状になり、そこだけ皮がぶ厚くなっていた。
 右手の薬指は、草刈鎌をもっていたほうで、たぶんここにもかなりの力が入っていたせいだろう。力の配分がわからない未熟者の証でもある。 
 左手の中指は、すべての稲を狩り終えたときにちょっと痛かったが、他の指みたいな赤い斑点は指の腹側にはできなかったのだけれど、さきの指の腹側の内出血が消えるのとほぼ同時で、爪を赤黒く染めた。爪側まで強い力が伝わっていたらしい。


 狩り始めはまだ稲の束がわかりやすかった。
 それが田んぼ中央に進むにつれて雑草が増え、狩っているのが稲か雑草かわからなくなるほど、雑草が稲の間にむしゃむしゃ増殖していた。 
 本来、稲が吸収するはずの養分を横取りしていやがるのかと思うと、腹が立ったが、雑草をよけて刈り取るのはいっそう手間がかかる。あとで、おだに干すときに枯れるだろうと、割り切るしかなかった。


 田んぼに分け入り、稲をつかむと、田んぼからバッタやイナゴ、カエルの群れがシャワーみたいに飛び出してきた。都内でも激減しているといわれるニホンアマガエルも、ぴょんぴょんと大慌て。さしづめ、森の動物をいたぶる、凶悪な巨人にでもなったような気分になる。


 しかし、11日の午前中は日差しもきつく、腰をかがめての作業がつづくと汗が噴き出し、ちょっと立ちくらみするほどだった。あらかじめ準備していた2リットルの水は、みるみるなくなっていった。
 一人の人生の軌跡を本でたどるように、自分のいのちをつなぐものを育み収穫することを、自分の心と身体をつかい、ぼくはゆっくりと地道になぞっていった。