タイラー・コーエン「大停滞」〜日米の「マトリョーシカ」信仰

 容易に収穫される果実は食べ尽された――そのキャッチコピーに惹かれて、気鋭の米国人経済学者の本を手に取ってみた。だが、低成長構造に陥った米国のシステム分析よりも面白かったのは、先の米国の金融危機の本質を、米国人の自信過剰だと看破した部分。一部引用する。


「 ナスダック証券取引所の元会長バーナード・マドフによる投資詐欺事件は、金融危機を生んだいくつかの要因を映す鏡だ。金融がすべて詐欺だなどと、。乱暴なことを言うつもりはない。問題は、誰を信じるかを決めるときに、私たちがほかの人たちの判断に頼っているという点だ。マドフは長年にわたり、投資の世界で尊敬を集めていた。詐欺をおこなえたのは、大勢の人たちに信用されたからにほかならない。多くの人に信用されればされるほど、さらに多くの人の信用を得やすくなった。最初のほんの数人の信用が雪だるま式にふくらんで、莫大な数の人々の信用に拡大していったが、大半の人は自分自身で調べることはほとんどせずにマドフを信じた。」


 それを補完するように過剰に借入金を増やしている金融機関や、過度に強気のビジネスプランを、今度はより多くの投資家が一時情報に自ら当たることなく、どんどん信用していった。監督官庁も、市場と同様、ひとつの失敗が金融システム全体に及ぼす影響を軽く考えていた。さらにアメリカ政府は、マイホーム所有率をさらに高める政策を推し進めることを通じて、リスクの高い投資を後押しした。


 そのままにしておけば、短期的に消費が増えることは明らかだったし、みんなが現状に満足しているように見えた。それにアメリカの連邦議会選挙では、現職がたいてい再選される。こんなに都合のいいゲームをおしまいにする必要はない。


 根拠なき熱狂は、そうして何重もの「信用」の殻に守られ、米国人の自信過剰を膨らませた挙げ句に弾けた。どこかマトリョーシカにも似たこの構図を目の当たりにするとき、日本の福島第一原発事故のことを思い浮かべる人はけっして少ないないはずだ。むしろ、21世紀型「信仰」とさえ呼べるのではないか。

大停滞

大停滞