見えない身体、見えない動き

 その店を出てから新たに買ったシューズの入ったケースとカバンを左手に持ちかえ、ぼくはそそくさと歩き出した。爪先に神経を集中し、頭の中では両足を「ハ」の字にするようなイメージで、テンポよく進む。だが、両肩は少し力んでしまい、背中もこころなしか固く、膝から下も少々窮屈さがある。しばらくして、おそるおそる足元に目をやると、爪先はじつに真っすぐに繰り出されていて、自分の「ハ」の字型イメージとの落差に思わず息をのんだ。


「端的にいえば、両足が着地時に外側に開いていて、なおかつ足の内側に傾きすぎて、とくに右足がかなりオーバープロネーション気味ですねぇ」 
 無表情かつ淡々とした口調で女性担当者に言われたせいだった。
 場所は中央区銀座8丁目のアシックス店舗内のシューズフィッターコーナー。ランニングマシーンで走りながら両足の着地度合いを計測してもらうと、そんな結果が出た。ちなみにオーバープロネーションとは、かかとが内側に倒れ込みすぎて、膝を痛めやすいフォームということ。以前の右膝痛の原因はそれだったか。


 つまり、着地時の両足は外側に開き過ぎで前進する力が外側に分散されているうえに、なおかつ内側に倒れ込みすぎていて、スピードを減速するブレーキになってしまっているということ。ただの、だ、だっ、ダメ足やんかぁ、それ。
 ええっ、でも、わたしもベタ足なんですよぉ、と女性もようやくわたしの落胆ぶりに気づいたのか、軽いフォローをいまさら入れてくれるが、そんな一言じゃあ、あっしはもうどうにもこうにも救われねぇぇぇ。


 しかも、生来、足の甲の高さが低く、長く走ると疲れやすいベタ足。まさにマラソンにはかなり不向きな「下手の横好き」体質&フォーム状態ということが判明した。先日のチーター走りの思い出が、たちまち色褪せて遠ざかっていく。まるで電車に乗り間違い、気づいたらもうプラットフォームを逆走していたような心情だった。


 なおかつ、3月10日の京都マラソン初出走が前日決まり、新たなシューズで心機一転という初日に、だ。頭上には雲一つない初秋の空が、じつにさわやかに広がっていた。それが冒頭の、どこか頑な爪先イメージ歩きの場面につながっていく。もちろん、わたしの耳元で鳴っていたのはあの歌だ。
「苦しくたってぇ〜♪ 悲しくたってぇ〜♪ コートの中では平気なの ボールが弾むとぉ 胸も弾むわぁ〜♪」