それぞれの矜持〜柴又100KM(2)

   50kmすぎに感じた胃の痛みも、しばらく歩いていると落ち着いた。恐る恐る走り出すと、脚はまるで問題ない。ちょうど強い日差しが雲でさえぎられ、風が少し出てきた。思わず両手をひろげてその風を浴びながら前進する。目の前にひろがる緑繁る河川敷の風景に溶け込むように走りたいと願った。


   そして10kmと20kmすぎで言葉をかわした。2人のランナーのことを思い出した。「去年は97kmで挫折。今年は絶対にリベンジ!」と、背中のゼッケンに手書きしていた人に声をかけてみた。去年、ぼくは60kmを走ったが、スタート時点から雲ひとつない晴天で、最高34度まで気温が上がる猛暑日だったせいにちがいない。


   50kmすぎに脚がつってしまってね、それからしばらく歩いてたら、なんとか落ち着いてきたので走れたんですよ、彼はそう振り返った。それでも97kmすぎで制限時間をオーバーして、断念せざるをえなかったらしい。
   つっても歩いていれば収まる。嘔吐したぼくに、これほど心強い情報はない。半面、困難を克服して97kmすぎまでたどり着いても、制限時間を過ぎればゴールさえさせてもらえないとはね。日本陸連公認レースゆえに、そこは厳格なのだと思うと、不安も少しふくらんだ。


   もし、とぼくは思いをめぐらせた。自分が97km地点で完走できないと知らされたら、はたして彼のように再挑戦できるだろうか。「conquer cancer(ガンを克服する)」とだけ書かれた、ゼッケンで黙々と走る人もいた。彼も昨年、ぼくと同じ60kmに初エントリーで完走して、2年越しで100kmに出場していた。しかも、ぼくより断然速かった。


   関心のない人が聞けば、100kmを14時間以内に走るなんて、まちがいなく気違い沙汰だろうが、そこに矜持をもって挑んでいる人たちがいた。少し揺れた心を奮い立たせるには、この2人の顔と言葉を思い出すだけでじゅうぶんだった。汗にまみれた身体を洗ってくれる風を全身で満喫するために、ぼくは走りながらもう一度両手をひろげた(つづく)。