姜尚中(カン・サンジュン)氏講演会

rosa412004-03-27

 ときおり、本によばれる。約2年前初めて、須賀敦子さんの文庫本を手に取ったときもそうだった。はずかしながら、そのときのぼくは彼女のことを知らなかった。にもかかわらず、僕の大好きな彫刻家、舟越桂さんの作品写真が表紙だから間違いないと、『コルシア書店の仲間たち』(ASIN:4167577011 文春文庫)を買った。もちろん、大正解だった。
(でも、ぼくがもっと好きなのは、上質なヨーロッパ映画みたいな『トリエステの坂道』新潮文庫ASIN:4101392218)
 昨日はこんなふうによばれた。夕方、最後の取材が九段下と神保町の中間地点で終わった。ぼくは神田・三省堂書店本店と書泉グランデに向かった。自家製ポップとともに、拙著がまだ平積み状態かを知りたかったから。
 そのさいに三省堂の一階新刊コーナーで、姜尚中著『在日』(講談社)が目に入った。白バックと白い腰巻で、黒のハイネックセーター姿の姜さんと、グレー文字のタイトルと著者名のコントラストがとてもカッコ良かった。撮影は平間至氏。その本に「購入された方には翌日の講演会の整理券付き」と書かれたポップが置かれていた。正直、迷った。
 だが一方で不思議な縁をぼくは感じてもいた。冒頭の須賀さんの本を手に取ったのはJR新宿駅南口構内の書店で、その日、ぼくは東大駒場キャンパスで予定されていた、元米国人核査察官スコット・リッター氏の講演会に行く道すがらだった。その講演会で、リッター氏の講演後におこなわれたシンポジウムのパネリストの一人が、姜尚中東京大学教授だったからだ。
「米国が邪悪な国家として、イラクと同様に北朝鮮をあげている以上、仮にイラク侵略が成功した後は、北朝鮮を攻撃する可能性が高まる。そのとき、日本は一瞬にして紛争周辺地域になってしまう。そういう目線で、米国のイラク攻撃を受けとめて、そして考えるべきだと思う」
 米国の独善的な行動に危機感をもって集まったその日の聴衆に、彼はじつに穏やかな声でそんなニュアンスのことを語った。ぼくは意表をつかれた、そんな目線を少しも持ち合わせてなかったからだ。
 その出来事を思い出して、ぼくはその本を買った。また、本によばれたと思った。
 今日の講演会で印象的だった二つの話がある。ひとつは、昭和天皇がなくなった日のテレビ番組での出来事だ。桂小金治という、いかにも善良そうな落語家が、テレビ番組で涙を流しながら、ブラウン管に向かって「昭和天皇のことを悪く言うやつは、どうかこの国から出て行ってくれ!」と声を荒げたという。姜さんは、出て行ってくれといわれた在日韓国人だった。その光景を観ながら、「善意な人が、その善意ゆえに無自覚な暴力を行使してしまう危険性を明瞭に私は感じました」と姜さんは語った。怒りでも自嘲でもなく、森本レオみたいに耳元でささやきかけるかのような穏やかな声で。 
 もうひとつは、今回の本にも登場する姜氏の出身地、熊本県熊本市の在日集落にあった、彼の家に時折遊びにくる金子さんという在日一世のことだ。父親の友達でもある金子さんは、ハンセン氏病患者でもあり、熊本の患者の収容施設で暮らしていて、ときおり、姜さんの父を訪ねてきたらしい。
 あるとき、金子さんが当時の姜少年にふかし饅頭をご馳走してやろうと言いだし、不自由な手で巧みに、板垣退助の肖像が印刷された100円札を差し出したときの光景だ。姜少年とは顔なじみの、善良で心優しい甘酒饅頭屋のお母さんは、その100円札を箸でつまんで受けとり、そのまま蒸し器に入れた。饅頭もざるのようなものに入れて差し出したという。約45年前の出来事だ。
 ふたつの出来事は、くしくも善良で心優しいことによっては、けっして免罪されえない無知と暴力について語られている。
 姜氏はそれらの話を結びつけようとはしなかったけれど、それはイラク自衛隊は派遣したものの、不安定化する世界の安全保障にまるで他人事な私たち日本人に対して、米国による北朝鮮攻撃はまだなお可能性として生き続けていて、そのときは瞬時に私たちの社会が紛争地域となってしまう現実を当事者として直視するように、ぼくは彼から求められている気がした。
 事実、スペインの列車テロ以降、都内の営団地下鉄のホームからはゴミ箱がなくなり、JRでは不審な荷物があれば通報するように呼びかけてもいる。自衛隊イラクに派遣した時点から、私たちはアメリカに肩入れする国の当事者だ。
 もし日本でテロがおこったり、紛争地域になれば、「わからない」「興味がない」などとは当然言っていられない。そして自民党が画策する憲法第9条の改正が実現すれば、北朝鮮の脅威を理由に徴兵制が復活されない保障は、今やどこにもない。 しかも、「フリーターや引きこもる若者たち、あるいは凶悪犯罪を起こしそうな少年たちの性根を叩きなおすには、軍隊に入れるのが一番手っ取り早いぞ」なんて、もはや「改革」中毒者(ジャンキー)の総理大臣や、自民党の脂ぎったオッサンたちがもっとも考えそうなことでもある。
P.S
実は本日28日で終了の舟越桂『二百年の子供』挿画展(東京都現代美術館
http://info.yomiuri.co.jp/event/01001/200312240695-1.htm
 姜尚中の著作は以下を参照ください。『在日』はまだアマゾンに登録されていません。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-url/index=books-jp&field-keywords=%E5%A7%9C%E5%B0%9A%E4%B8%AD&bq=1/ref=sr_aps_all_b/250-5625727-4358659