ネタがない

rosa412004-05-17

 ネタがない。それに今日は蒸し暑い。もちろん、この二つの話題には何も関連もない。しかしネタもないし、蒸し暑いので、近所の美容室にばさっと髪を切りに出かけた。
 日焼けした四角い顔で、奥田民生みたいに白いタオルを短髪の頭に巻き、いい味出してるマスターに、潔く切ってもらった。
「バリカンでやってもらっていいですよ」
 以前、多少前髪残しつつのスポーツ刈りでお願いしますとぼくが頼むと、このマスターは律儀に全部ハサミで刈り上げてくれたことがあったから、わざわざ、ぼくはそう言い足した。
「ありがとうございます」
 そう言って、彼は電気バリカンをガンガン、たてよこななめに走らせはじめる。襟足から耳の周り、こめかみ近くの地肌があらわになっていく。他はまったく手付かずで、後頭部と側頭部だけがすっきりした瞬間、鏡の中の俺は、縦ノリのミュージシャン風になった。
「あっ、やっぱり、ここで止めときます」
 そんな言葉がふいに浮かんだけれど、それをぼくは飲み込んだ。ライターが、縦ノリ・ミュージシャン頭になっては、取材対象から引かれてしまう。短時間のインタビューなら、引かれて遠のいた相手との距離感を縮めるのは大変だ。
 帰宅すると、買い物に出かけるらしく、ドアから出てきた奥さんからは敬礼された。いや、誤解しないでもらいたい。ぼくが家でそんなに偉いわけじゃない。まっ、会えばわかるよ、わが夫婦間のパワー・オブ・ポリティクスは一目瞭然だから。
 彼女のポーズには、「てめぇ〜、また、私が嫌いな、自衛隊カットにしてきたなぁ〜」という彼女なりの無言の皮肉がこめられている。
自衛隊か、あるいは名の知られていない格闘家みたいね」
 にっこり笑って彼女が言った。後半部の「名の知られていない格闘家」というフレーズが妙にツボにはいって笑ってしまった。近頃、大阪弁ばかりか、こういうセンスのある言い回しを、彼女はつかみかけている。あなどれない。
 ネタがない、それに今日は蒸し暑い。けれど、こんなに書けてしまった。