ハイテクとローテクと「ラムネ氏のこと」

rosa412004-10-14

 光触媒の取材に行って来た。すごいハイテクを支えたローテクという話なんだ。
酸化チタンに光を当てると、太陽光線に含まれる数パーセントの紫外線に反応して、活性酵素を発生させる。これが人体に悪影響をあたえる有機物や雑菌を分解したり、水となじみやすいので、付着した汚れなどを流れ落とす働きをする。どちらも光という自然エネルギーを触媒にするから、光触媒とよばれている。日本生まれの先端技術だ。ビルの外壁、抗菌タイル、空気清浄機などへの商品化が進んでいる。
 活性酵素の一粒子は1〜10ナノ・メートル。1ミクロンが1000分の1ミリ・メートルで、1ナノ・メートルはさらに100万分の1ミリ・メートル。いわゆる、ナノテクノロジーの世界だ。


 でもね、90年代の研究開発時代は、ナノテクの世界を覗ける顕微鏡なんてなかった。たとえば、抗菌タイルにその酸化チタンを均等にコーティングする道具は手と眼。酸化チタンは、ダイヤモンド以上に光の屈折率が高い。その性質から、スプレーで均等にコーティングしないと、まだらに光ってしまう。無色透明にできないと商品化も無理だから、スプレーを持つ手の高さ、スプレーボタンを押す強弱を微妙に変えながら、10センチ四方の白いタイルを1万枚超も試行錯誤した末に、商品化にこぎつけたという。ひらたく言えば、たこ焼きの生地となる液も粘性や、流し込み方が重要なように、スプレーで吹き付ける酸化チタンの濃度、吹き付け方が重要らしい。
厚さ0・2ミクロンで均等な酸化チタンのコーティングされた抗菌タイルの誕生。それはローテクによる、おびただしい失敗の賜物(たまもの)でもある。


「いやぁ〜オタクっぽい話で恐縮です」と、約1時間超の取材中に、開発研究者は4度も口にした。いくらか照れ隠しもあるのだろう。
「そ、そんなオタクだなんて、卑下するようにおっしゃっちゃダメですよ。だって、そんな情熱あふれるローテクの末にたどり着いた、ナノテクの世界なんですから。もっと堂々と胸を張って、お話されるべきですよ」
 思わず、ぼくは「オタク」を連発するその研究者を、懸命に励ましていた(^^;)。こんな日本の未来を担う先端ビジネスの世界と、オタクを混同してはいけない。今後は環境ホルモンの分解や、ガン治療へも応用される可能性を秘めているという。


 取材の帰り道、ぼくは高校の現国の時間に読んだ、坂口安吾の「ラムネ氏のこと」というエッセイを思い出した。思い違いを恐れず、大雑把に書くとこんな内容だ。
 ビー玉をラムネの瓶に入れるなんてことに人生を費やしたヤツはとんだ大馬鹿者だと笑う小林秀雄に、安吾は「それこそが文化だろうがっ!」とくってかかる。
 たとえば、毒のあるフグに挑んだ無数の男たちがいて、ある者は肝に毒があったらしいと死んで、ある者はいや、尻尾の方がおれは危ないと思うと言い残して死んでいった。そういうおびただしい屍(しかばね)の上に、フグを安全に食べる文化が築かれた。ラムネの玉ひとつに人生を費やしてこその文化であり、人間の歴史なのだと・・・。ニュアンスとしては、確か、こんな文章だった。フグの毒にではなく、こういう見方をする坂口安吾という男に、高校二年生だったぼくは大いにしびれた。

光触媒関連サイト:http://www.photocatalyst.gr.jp/

坂口安吾「ラムネ氏のこと」(以下をクリックするとBGMが流れますので、職場では要注意!)
http://park18.wakwak.com/~seppo/0204_kyozai/11_odawara.htm