綿あめをめぐる、ペルーから米国ナッシュビルへのスモール・トリップ

rosa412004-11-21

 近頃、無印良品の105円の綿あめがお気に入りだ。昔、あの綿あめ製造機がとても不思議で、子供心にはまるで魔法ちっくだった。ちょっと布団綿の残りもんみたいなヴィジュアルなんだけどね(^^;)。なんてったって、ハレの日のお菓子だからさ。
 で今日も、奥さんと食べてたら、「わたしもペルーにいるときから、お祭りでピンク色の綿菓子を食べてた」と彼女がいうので、「えっ?」という話になった。彼女はペルーの首都リマ市生まれで、高校卒業まで過ごしている。えっ、これって日本のお菓子じゃなかったの。彼女の話だと、リンゴ飴なんかもペルーで売られてたらしい。
そこでネット検索すると、あの「アホ・バカ分布図」並みに、糸魚川・静岡ラインを境に、その以西では綿菓子、以東では綿あめとよばれていることがわかった。ちなみに、大阪出身のぼくだけど「綿あめ」っていうけどね。 
 あるいは、綿あめの原価って10円程度で、てき屋さんにとっては実においしい商品だったらしい。確か、ぼくがガキの頃でも200、300円したような気がするから、子供たちの好奇心をくすぐりながら、その一方で暴利をむさぼっていたってわけだ。
 ニューヨークのヤンキース・スタジアムでも「cone of cotton candy」という名前で、毒々しい青色のビニール袋に入れられて売られていることもわかった。「cone」とは、長さ20㎝、頂点部は直径3㎝の逆円錐形の筒状で売られていて、それが「cone」とよばれる理由だ。
 だが、さらにその起源を調べていくと、1897年にテネシー州ナッシュビル発明されたことがわかった。最初の名前は「Fairy Floss(妖精の繭綿)」。その後、国際見本市で製造機が大量に販売されて世界にひろがっていったようだ。1920年から「cotton candy」という名前でよばれるようになったという。でも英国ではいまだに「Candy Floss」とよばれている。
 う〜ん、たかが綿あめ、されど綿あめ。その起源をたどる1時間半ほどの小さな旅になりました。