エミネム「ザ・マーシャル・マザーズ」〜勅使河原蒼風の書から見えてきた、何かを表現せずにはいられない荒ぶる魂

rosa412005-05-19

 右の勅使河原蒼風の書「萬木千草」を見たとき、直感的にエミネムの「ザ・マーシャル・マザーズ」がわかった。この書のほとばしりこそ、エミネムがラップで表現しようとしているものだと。時間もフィールドもこえて、蒼風とエミネムがオレの中でつながった。
 エミネムの詞にひんぱんに登場する「キル・ユー(殺すぞ)」「ファッキン!」「アス・ホール!(ケツの穴)」「ビッチ!(商売女)」といった言葉の羅列に、とりたてて意味はない。一連の罵詈雑言は、蒼風の書における擦(かす)れや、墨の滴(したた)りみたいなものだ。それはめまぐるしく韻をふむ詞のリズム同様、その毒づくビートこそが必要なのだ。だからクールかつソリッドなアレンジとも相まって、曲全体はどれもカッコよく、強く、シュールに心にひびく。
 普段、オレはラップなんて聴いたことがない。だが高校時代の友人Sに「お気に入りのCDを一枚貸してくれ」と言ったら、この「ザ・マーシャル・マザーズ」を渡された。最初は有名人への悪態やフェラチオの擬音、叫び声や汚い言葉の羅列にドン引きしていたのに、何度もくり返し聴くうちに、ふしぎと耳になじんできた。しかも「マーシャル・マザーズ」は都内の雑踏の中で聴くと、実にピタッとハマる。歩くテンポにも合う。雑踏で妙に急かされる気分や、ワケもなく苛立つ感情の刃をさらに研いでくれる。
 それでも、なぜこの下品で激する歌詞が、ラップなんてまるで聴かないオレの耳になじむのか。ずっとわからなかった。それが蒼風の、このぶっ飛んだ「萬木千草」を見て、ストンと胸におちた。理屈なくおちた。
「萬木千草」は、華道「草月流」の創始者勅使河原蒼風の奔放な書や、草花はもちろん、鉄や木の根っこまで活(い)けた作品群と文章を集めた『勅使河原蒼風 瞬刻の美 (Art & words)』(二玄社)におさめられた作品だ。いわば、蒼風のロックンロール・メドレーの中に、こんな文章がある。

若(も)しこの世の中に植物が一つもなかったとしたらどうだろう。
どっちを見ても花はない、植物はないという世界を想像してもらいたい。
そういうとき私たちは一体何を活(い)けるんだろう。
植物がないからなんにもつくらないなんて、そんな馬鹿なことは考えない。
そこに石があったら石、若しくは土があったら土を活けるだろう。

 何かを表現せずにはいられない荒ぶる魂が、蒼風に書を書かせ、さびた鉄や木の根や石をも活(い)けさせた。一方のエミネムは、他人を傷つけるかラッパーになるかのギリギリの瀬戸際で、ナイフのように尖(とが)った言葉を選んだ。

ザ・マーシャル・マザーズLP

ザ・マーシャル・マザーズLP