アラン・クリスティ氏『戦争の記憶をめぐる国際共同アーカイブの提案』〜現在を常識化してしまう危険性

 打ち合わせを終えてから、東大本郷キャンパスに行ってきた。『戦争の記憶をめぐる国際共同アーカイブの提案』とは、太平洋戦争の戦跡の多地点撮影をもとに作成された360度の全周囲映像のデータと、そこにある戦跡を示すモニュメントや、人々の語る戦争の記憶を結びつけるデジタル・アーカイブ(複数のファイルをひとつにまとめること)を、他地域で同時並行で作ろうというプロジェクトだ。クリスティ氏と親交のある吉見俊哉・東大教授の授業後に、30人弱の教室で、一般公開スタイルでおこなわれた。
 クリスティ氏は、カルフォルニア大学サンタクルス校准教授。今日、彼が見せてくれたのは、パワーポイントを使い、広島平和公園の地図で、撮影ポイントが示される。そのポイントをクリックすると、その地点の360度の全周囲映像が見られ、そこから見える次の撮影ポイントをクリックできる。それに被爆者の方が中学生対象にした戦争の体験記映像や、慰霊のための灯篭祭りの映像などが流される。
 たとえば携帯電話のGPS機能とからめて、広島平和公園を訪れた人が、こういうアーカイブにその場でアクセスできれば、すごく面白いなぁと思う。それこそ、いつでも・どこでもインターネットにアクセスできる環境を意味する「ユビキタス社会」の片鱗を垣間見た気分だ。ヴァーチャル・リアリティは現実感の喪失というネガティブな側面で語られがちだけど、こういうのは大歓迎だ。
 元々、クリスティ氏は学生への授業教材として着想されたらしいが、これは複数の視点で、国際的なオープンソースにした方が面白いと考えられたという。第二次大戦の戦勝国と敗戦国それぞれの視点がふくまれると、もっと重層的なデータになる。こういうものが人類のオープンソースになれば、世界遺産級の仕事だと思う。
 こういうアカデミックの先進的な動きを、事前申し込み不要・参加費無料で体感できてしまうなんて、すごくラッキーだった。東大って、けっこう市民に開かれた企画をやっているんですよ。参加者も大学教授や学生だけでなく、会社員やフリーターなども混ざっていて、ユニークな空間だった。
「現在を常識化してしまう危険性」−クリスティ氏のこの言葉を聞けただけでも、じゅうぶん行った甲斐はあった。それは今、ぼくが取り組んでいる取材と同じ視点だから。そうだ、オレも間違ってないぞ!と心の中でひそかにガッツポーズを作ったりした。
 戦争の歴史と記憶という、マクロとミクロで劣化、あるいは薄れていく恐れのあるデータを、アーカイブとして保存・伝承しようという視点にも共感する。