ドキドキカチカチ営業マンの巻

rosa412006-05-27

 あのぉ、お仕事中すみません。じつはぁ、あのぅ私、1階のノンフィクションのコーナーで、平積みしていただいている『レンタルお姉さん』という本の著者の荒川と申します。そう言いながら、自分の耳たぶが赤らんでくるのがわかった。
 声をかけられた若手の書店員さんは、呆気にとられている。私の家から徒歩8、9分ほどの場所にある、2フロアある大きな書店だ。拙著を平積みしてくれているのは確認済みだった。「文春」効果があるうちに、地元のよしみ作戦で営業しておきたいと思い立ったのだ。結果はともあれ、まず自分で動くことが重要だった。
 彼との一瞬の沈黙が、声をかけた私にはなんとも嫌な間合いで、すごく長く感じられた。これじゃ、路上のキャッチセールスと大差ないじゃないか。
 ・・・あのぉ、じつは昨日発売の「週刊文春」にですねぇ、と私は思い切って話を再開する。
 少しぎくしゃくした仕草でカバンから雑誌を引っ張り出し、家を出る前にピンク色のポストイットを張った162ページをさっと開き、「レンタルお姉さん、ただいま貸し出し中」という見出しの記事を彼に見せる。
・・・こうして割と大きく記事になっていて、このように本の表紙も載せていただいたんですね。
「あのぉ、レンタルお姉さんって、いったい・・・」
 書店員さんの表情に戸惑いがうかぶ。・・・読んでなかった。 
 はい、あのぉ、ニ―トやひきこもりの子どもを持つ親御さんから依頼を受けて、彼らと交流してですね、自宅にひきこもっている彼らに、就学や就労に向けた新たな活動をさせる仕事をしている女性たちの名称です。
「女性はどこが派遣しているのですか?」
 はい、千葉県のNPO団体で「ニュースタート事務局」というところでして、レンタルお姉さんという名前はちょっとエッチ臭いんですけど、やっていることはとても地道で、真面目な活動なんですよ、と訊かれてもいないことまで、余計な説明をしてしまったよ、おれ。それにまだ声もうわずってる。
 しかも彼は、それで何ですか?といわんばかりの表情をみせる。
 私はやにわに名刺を取り出し、両頬の火照りを感じながら彼に手渡した。なんか、片想いの相手に告白して手紙で渡している女子高生みたいじゃないか、この状況は。けれど周囲に目をやる余裕はなかった。
 じつは私はこの近所に住んでいまして、ほら、○○5丁目なんですよと名刺の住所をわざわざ指差した。
「文春」が出たせいで、民放各局からそのNPO団体に取材依頼が寄せられてですねぇ、安○○子さんの夕方のニュース番組などで、来月には本の紹介もふくめて、彼女たちの活動が放送されると思います。それに3000部の増刷も決まりましたので、なんとか地元の書店さんにも、応援していただきたいなぁと思いまして、こうして突然で恐縮だったんですが、お邪魔させていただいた次第なんですよぉ。
 彼は1階の売り場は店長の担当で、店長がいまは不在なので後で伝えておきますといい、私が渡した名刺の裏に書名をメモしてから、がんばってくださいと少し口元に笑みをうかべて言ってくれた。
 ありがとうございます、よろしくお伝え下さい、そういって一礼してから、私も踵(きびす)をかえした。
 ふーっ。彼に背をむけた瞬間におもわず溜息がもれる。そういうキャラじゃないんだけれど、普段はお客としてブラブラしている場所に、営業マン・モードで突入したせいか妙に硬くなってしまった。
 意外に思われるのだが、仕事以外では、初対面の相手と話すのが苦手だ。とくに立食パーティーの類がダメ。面識もない人に話しかけると気を遣いすぎて疲れる。だから招かれても行かない。一方、仕事ではあらかじめ話を聞く人という役割を担って出かけるし、それが自分の仕事だからほとんど緊張しない。しかし素の自分だとこうして、けっこうハラホロヒレハレになってしまう。
 強みと弱みは裏表なのだ。