森山開次『KATANA』(原宿スパイラル)〜弱さや恐さを知った刀(かたな)の強さ

rosa412006-09-02

 可憐な少女がある男を恋い慕う。その思いの強さがやがて怨念へとゆがみ、その少女もまた蛇へと姿を変える。歌舞伎には、そんな誰もが心の奥底に潜ませている美醜両面を引っ張り出す演目がある。森山君の踊りを久しぶりに見て、ぼくはそれを思い出した。
 以前、ダンサー兼振付師の香瑠子さんを取材したとき、その創作ダンスに森山開次君は「刀(かたな)」役として存在感を見せていた。そのスピ―ド感やバランスの良さは頭ひとつ抜けていたから。ただ今思うと、4年前の「刀役」はやはり一面的な「刀」でしかなかった。
 しかし、この日のソロは恐さや不安を知り、身もだえながら、改めて掴み取った「刀」としての彼自身だった。最後は刀からさらに白い鬼へと転じて事切れるようにも見えた。汗を指先から滴らせながら、白塗りで半裸の心臓を脈打たせて、客席側へとにじり寄る彼の形相には鬼気迫るものがあったから。それはじつに人間臭い刀であり、彼はその分の奥行きとオーラを舞台から放っていた。
 誰もやっていないことを演(や)る―表現者としての彼の勇敢さをもふくめて、ぼくは心打たれた。それは間違いなく、彼自身が身悶えながら達することができた、人気のない荒野での高みだったから。不平や不満をあれこれ口にする前に、まず自分が本気で生きているのかどうか。それ以上でも以下でもない。
 NHKの『トップランナー』に出演している彼の話から、表現者としての狂気めいたものを感じて、奥さんと舞台を観に出かけた。300人弱が入りそうな客席は立ち見が20人弱ほどいて、演出家の蜷川(にながわ)幸雄さんの顔もあった。常に新しいものを求めてやまない、アンテナ感覚はさすが。東京を皮切りに、名古屋、広島、大阪、札幌への全国ツアーが予定されています。