NHK「知るを楽しむ」〜グレン・グールドの孤高と音楽(1) 

rosa412008-05-29


「ピアニストとしては凄かったんだろうけど、幸せだったのかな?」
 最終回の放送が終わった後、奥さんが言った。ぼくは言葉につまった。
 彼女がいう「幸せ」は、グレン・グールドというカナダ人ピアニストが、結婚もせず、あまり人とも会わずに山深い場所で暮らし、コンサートよりも精緻な録音を好んだという、彼の軌跡全体に向けられていた。


 言葉に窮しているぼくは、「しかし・・・」という言葉を持て余していた。大好きな音楽と終始向き合いつづけたという点では、じゅうぶんに「幸せ」だったんじゃないか。そんな気持ちが渦巻いていた。だが、なぜか言葉にするのが躊躇(ためら)われた。グールドのような人生を、自分が生き通せるかと思うと、自信がなかったせいもある。


 元春が、ある歌の中で、「生活というウスノロを乗りこえて」と歌っている。
 生活には楽しいことと同じか、それ以上に、煩わしさや悲しみがまとわりつく。一方で、他人との関わりという、「ウスノロ」がまったくない人生も、それはそれで心寂しい。定年退職した人が心の病に苦しむ場合の多くは、「職場」という居場所を失ったら、自分の行き場も同時に失うからだといわれる。以前、取材でそういう人たちにお会したこともある。


 他人との関係によって、ぼくはぼくの存在を確かめ、測り、修正し、勇気づけられたり、落ち込んだりしながら、明日も性懲りなく目を覚ます。洗面台で顔を洗い、体操をして、朝食を口に運ぶ。