鯵(あじ)の開きと水

 

 なぜだと思いますか。
 JR沼津駅前から乗ったタクシーの運転手さんがそう言った。魚が新鮮だから、ですか?とぼくがたずねると、それもありますね、この辺は沼津港から揚がったものが多いですから。でも、もうひとつ理由があるんですよ、思わせぶりに彼はそう続けた。


 運転席から私に向ける、白髪の下の、血色のいいその左半分の顔がすこし得意げだ。ビジネスホテルで今朝食べた、鯵の開きを焼いたものがとても脂が載っていて美味しかったと、ぼくが話したのが発端だった。だが、ぼくは彼の示唆する、もうひとつの理由がなかなか思いつかない。


 水ですよ、少し間をおいて運転手さんが教えてくれた。
 鯵を開く際、普通なら酸性のきつい水道水を使うところが多いはずだが、沼津では富士山の湧き水が、一般家庭や工場などにも使われている。アルカリイオンが豊富にふくまれているその水で洗うと、酸性の強い水道水みたいに魚の脂分をあまり落としてしまわない。そのせいで魚の脂分を適度に残した上で、だし汁に浸け込むから魚の開きが美味しいという。


 魚の開きと水の関係なんて、それまで考えたこともなかった。
 その鯵の身はもちろん、脂がのった上に、カリカリに焼けた頭の香ばしさがたまらなかった。