国立新美術館『陰影礼讃』展(10月18日まで)


 影や陰を起点に絵画や写真や現代美術を観てみる。
 その視点のズラし方に心惹かれた。感想から先に書けば、もう一度行きたい、それぐらい刺激的で重厚な展示内容だった。全国の国立美術館の所蔵品から、多彩な展覧会を構成した「陰影礼讃」展のキューレターの眼力に、心から拍手を送りたい。


 モノの立体感をあらわす陰。反対に、モノの全体像をぼかすための陰。描かれた人物の気持ちを代弁する顔の陰影や背後の影。あるいは、豊満な肉体に寄り添い、その死を暗示する影。かと思えば、画家がその人物や事物に託した想いを際立たせるための影。観るものを異次元へといざなう闇・・・・・・。


 陰や影を起点に観ることで、あらためてそれらの豊かさと奥行きを体感する。時にリアルで、時にフィクショナルな多様さにも、心をゆさぶられる。一見ありふれたように見える世界から、目の覚めるような輝きを取り出してくる作業にこそ、優れた創作物の本質もある。


 その作品群でグッときた作品がふたつある。
 ひとつは、松本俊介の「並木道」という小さな油彩。松本の名前と作品は、洲之内徹の著書でなんどか見たことがあったが、どれも文庫本の挿画でモノクロでしかなかったし、オリジナルと向きあうのは今回がはじめて。


 画面右に刑務所めいた、分厚い無機的なコンクリート壁に覆われた施設があり、画面中央の並木道はちょうど上り坂で、その右側歩道に人文字めいた人物の背中がみえるが、男女の区別さえつかない。その並木道の先には、高層ビルが垣間見える。構図そのものは物語ちっく。
 暗くて粗いモスグリーン色の陰が濃淡をつけながら、梅雨時の湿って重い空気のようにべったりと作品全体を覆っている。それはどこか観るものの郷愁をさそうようであり、あるいは失望感の吹き溜まりのようでもある。そこに独特のダイナミズムがある。
 こんな陰の描き方は、今回の展覧会では唯一無二。その作品をもっと観てみたい、そんな気持ちがグワッとふくらんだ。(つづく)


気まぐれ美術館 (新潮文庫)

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