下総神崎の駅で

「もうお帰りですか」
 3泊4日の取材を終えて、駅舎でボーッとしていると、顔見知りの女性から声をかけられた。わたしが3日間泊めてもらっていた知人宅に、毎日いろんな食べ物持参で出入りされているご近所の方だった。いつも色艶のいい色白の笑顔と朗らかな声で、その場を空気を明るく温かくしてしまう。50代後半ぐらいか、登山家の田部井淳子さんに少し似ている。
 

 しばらく世間話をした後、これよかったら飲んでくださいと彼女が缶コーヒーを差し出された。断るのは失礼だと思い、塩分と糖分が過剰ゆえに普段はめったに飲まない缶コーヒーをぼくはお礼を言って受けとり、その場で飲みほしてから、ごちそうさまでしたと伝えた。


 Kさんが、毎日いろんないただきものをするばっかりで、なかなかお返しもできないけれど、あの方からは、人間としてすごく教わることが多いって、そう話していましたよ。ただのヨソ者が話すことではないかもしれないと思いながらも、にこやかな顔でそう伝えると、彼女はいっそうの晴れやかな笑顔でさらりと言った。
「今日は一度きりだから、できるだけ笑って、楽しく過ごしたいんですよ」
 名前もしらない彼女の、おだやかな言葉にくるまれた失意や諦めの重みを直感して、思わず顔がこわばってしまった。