世界で最初の読者であること

 昨日、有楽町線銀座一丁目」駅近くの地下一階のルノアールで、3時間超のインタヴューを終えて、地上に出るとすっかり日が暮れていた。少し高揚した気持ちと火照った頬を、冷たい外気で冷ましつつ中央通りを歩きながら、昔、ウルトラセブンの変身メガネがほしくてたまらなかったことを思い出した。普通の人間から怪獣をやっつけるヒーローに変身するためにつける、あのメガネ。


 あれほど、当時ありったけのお小遣いを差し出してでも、どうしても手に入れたかったものは、今まで48年間ほど生きてきた中で、なかった気がする。もちろん、生涯かなわぬ夢で終わりそうだけれど、その代わりに、ぼくはインタヴューという、違う種類のメガネを手にする仕事につくことができた。


 誰もが薄々感じてはいながらも、まだはっきりと見えてはいないものを、ぼくだけに見せてくれるメガネ。相対する人物と一問一答をくり返しながら、それはふいに世の中の仕組みだったり、新たな時代への道程だったりが、ある瞬間、ぼくの目の前にくっきりと姿をあらわす。


 記憶は曖昧だが、スケートの五輪金メダリスト・清水宏保選手が、かつて自分が滑るべきラインが金色に光って見える、と語っていた記事を読んだことがある。あの感じにもっとも近いかもしれない。


 ただし、度の強いメガネをかけて世の中がくっきり見える感覚とは違い、本来は目に見えるはずもないものが、たしかに自分の前に立ち上がってくる。ぼくは誰もまだ読んだことがない本の、世界で最初の読者になる。そしてこの本は、2012年の世の中の空気を、後世に伝える一冊になると確信する。それが自著でないのは、ちょっぴり悔しいけどね。
 ただし、その高揚感もまた、もう16年が過ぎても、予想以上に減っていかない住宅ローンの残高とさえ引き換えがきかないところは、変身メガネと何も変わっちゃいない。