チョン・ジェウン監督『子猫をお願い』〜ひとつの情景描写で作品を要約させる力

rosa412004-08-14

 たとえば、台湾の候孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の名作『非情城市』(ASIN:B00008BOFR)。その中でぼくが忘れられないのは、映画の終わりに、家族が箸の音をシャカシャカさせながら食事をする場面だ。ひとつの家族に焦点を当てて、第二次大戦後の台湾の現代史を描ききったこの作品で、その食事シーンは、人間の喜怒哀楽をも呑み込んで流れていく、歴史の気の遠くなるような反復を感じさせた。ビビッた。あの大河ドラマを、そんなささやかな日常の断片ひとつで要約させてしまう、監督の見事な構成力に溜息が出た。
 あのときほどの衝撃はない。けれど映画『子猫をお願い』の中で、主人公である女子高時代の幼馴染みら5人が映画の中盤で、卒業後に再会して遊びながら、5人ともがふいに強い風に吹かれる場面が、すごく心に残った。長さにして25秒くらいの、少しスローモーションで、音のない場面だった。
 20歳の女の子たちが、高校卒業後、なかなか思うようにいかない人生を歩む様子に焦点を当てた映画を見終わった後、改めて、あの強風の場面が思い出された。それぞれの人生を歩き始めた彼女らが、容赦なく社会の只中に放り込まれ、ある者は何かを見つけ、ある者は何かを見失いそうになる物語だったからだ。まるでリトマス試験紙みたいに、あの強風の場面は映画全体をあざやかに要約していた。また、この映画を観た私も、観ていないあなたも、彼女らと同じ強い風に吹かれている。

 5人の登場人物の中でも、家族でサウナを経営する割と裕福な家の長女で、高校卒業後も就職せず、他人の世話ばかりやいてる女の子テヒ役のペ・ドゥナがいい。菅野美穂に似た顔立ちと体つきで、しかも菅野に似た俳優としての感性の良さを感じさせる。立ち姿が、さりげない表情がとても映える女の子だ。
 これが処女作というチョン・ジェウン監督は、香港のフルーツ・チャンと似た目線で撮る人だ。『花火降る夏』『メイド・イン・ホンコン』で、普通の人たちを通して香港の今を、時にコミカルに時に哀切に描いた、ぼくの好きな監督の一人。渋谷のユーロスペースチラシの裏で、蓮實重彦東大総長が、『子猫〜』を激賞していたけど、ぼくにはよくわからんかったわ。だって、「ニコラス・レイジャック・ロジエやベロッキエが・・・」とか書かれても、オレ、誰も知らんしなぁ(^^;)。
 世間は韓流の男優人気だけれど、へそ曲がりなぼくは『子猫をお願い』と、ペ・ドゥナをお勧めしたい。(8月20日まで上映)

●『子猫をお願い』オフィシャルHP 
http://www.koneko-onegai.jp
フルーツ・チャン作品
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-form/250-9109499-1336268