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川端康成『舞姫』(新潮文庫刊)(1)

川端作品の中でも、この『舞姫』は完成度が高い。この人は「ひらがな」がすごい。少し長くなるが、抜粋引用してみる。時代は終戦後、米軍のジープが皇居周辺を右往左往していた頃。 以下は親子4人の会話で、矢木が学者で父親、波子が元花形バレリーナで母親…

二神能基著『希望のニート』(新潮文庫)〜光栄な再刊に寄せて

約4年前、東洋経済新報社から出版された上記書が、新潮文庫から4月に再刊されます。自分が制作にかかわった本が、文庫化されることはもちろん、それが中学生時代から自分が読み親しんできた文庫だということが、素直にうれしい。 新刊本で増刷されるのが約…

本橋成一写真集『バオバブの記憶』(平凡社)〜対極の視座を投げこむ人

昔、北海道の美唄に、一人の樹木医をたずねた。 仕事ではなく、テレビでその存在を知り、その人の話をどうしても、じかに聞きたくなったからだ。彼は快く受け入れてくれて、その診療に同行させてもらった。ちょうど5月の連休のころだった。 彼とめぐった、…

寺澤有著『報道されない警察とマスコミの腐敗』(発行インシデンツ)

寺澤有くんが、自ら出版した話題作。映画『ポチの告白』を見た、警察関係者などを取材してまとめることで、警察とマスコミの腐敗ぶりを突きつけてくる。現役警察官やそのOB(しかも全員実名)の発言だけに、その説得力は有無をいわせない。内部告発者が、…

黒田絵美子訳「レイモンド・カーヴァー詩集 水の出会うところ」(論創社)〜心の奥がしんとする

「・・・あと20年は走りたいと思ってます」 あるランナー友達にメールを書きながら、自分で書いた一節にびっくりした。 人生を逆算している自分を発見したせいだ。書いた瞬間は、それぐらい好きになっているという表現のつもりだった。ところが、いざ書い…

山田風太郎「人間臨終図鑑Ⅲ」(徳間文庫)

仏教でいう「無常」観を体得するため、釈尊(ブッダ)は、死体を直視することを教えたという。修行者は、死体置き場で死体をまざまざと見て、林の中で瞑想によって、その死体が腐乱していく経緯を思い浮かべる。それによって無常な身体への執着を離れるとき…

福岡伸一『生物と無生物のあいだ』

前日の文章を踏まえて、このフレーズを読むと、ちょっとシビれる。 エントロピー(乱雑さ)増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり流れこそが、生物の内…

福岡伸一『生物と無生物のあいだ』(講談社新書)

夏炉冬扇。 だって、「50万部突破」なんて本は、そもそも苦手。 それでも、爆笑問題の「爆問学問」に出てた福岡さんの話に、ふっと惹かれて読んでみた。普段手にしない理系本というエクスキューズもある。 この本の、私にとっての肝は2つ。 まず、成熟ネ…

長谷川櫂『俳句の宇宙』(花神社)〜そのスケール感覚にひたる

長谷川さんは、この本で波郷の次の一句に着目している。 霜の墓 抱き起こされしとき 見たり この句を、散文のように、「霜の墓が抱き起こされたのを私は見た」とか、「私は抱き起こされたときに霜の墓を見た」と読んではならないと書く。それは散文の読み方…

加藤昌治著『アイデアパーソン入門』(講談社)

1月早々の発売にもかかわらず、お知らせが遅くなりました。 昨年、この本の「先取りQ&A」製作会議に、私も出席させていただきました。加藤さん3冊目の本に、微力ながらお役に立てればという思いからです。出版社の一室で、10数名の参加者とともに、ま…

山田詠美著『A2Z』(講談社文庫)〜衝突としての恋愛

けれど、思いやりは、 ほんの少し自分を殺すこと。 夫とは別の、若い彼との恋愛がたそがれ始めた頃の、女性編集者の独白めいた地の文で、「二人の間に期待しかなかった頃に比べると、それが次第に抜けて行くのと同時に、思いやりは増して行く」の後に、その…

山田詠美著『A2Z』(講談社文庫)〜清酒の硬い飲み口の方が癖になる

けっこう疲れていた。今日は早く寝ようと布団に入って本を読みだす。「うめぇ」「うめぇなぁ」、ぼくはいったい何回そう舌打ちしただろう。すると眠気の代わりに、集中力が全開になり、目が爛々と冴えてきた。しかも滴り落ちる才能の、その活字のシャワーを…

行間の強度〜山田詠美『海の庭』(『風味絶佳』文春文庫) 

何気なく読みすごしてしまう場面にこそ、小説の強度はひそんでいる。 たとえば山田詠美の短編集『風味絶佳』で、ぼくの一番好きな『海の庭』の、導入部のこんな部分。大雑把に説明すると、主人公の大学生・日菜子の両親が離婚。日菜子と母親が住みなれたマン…

こんな「いやらしい」は人生初

けっして値段の高い安いではなく、極上の料理に舌鼓をうつ瞬間、まるで全身を幸福感ですっぽりと包まれたような気分になる。まさに谷崎潤一郎賞にふさわしい、山田詠美著『風味絶佳』の「海の庭」を読みながら、なんどもそんな溜息がもれた。小説の至福に身…

川端康成『夜のさいころ』〜息を吸ってはくように書かれた文章

まるで息を吸ってはくように書かれた文章だな。 『愛する人達』に入っている、川端さんの『夜のさいころ』という短編を深夜に書き写していて、ふいにそう思った。そう感じただけのことだが、おそらく間違っちゃいない。ちょっと呆然とした。いつまでも細かく…

川端康成『愛する人達』(2)〜負けて勝つ小説

負ける建築、という言葉を使っているのは隈研吾さんだ。 いたずらな建築家の自己主張より、建築物をとりまく諸条件との調和をこそ重視する「受動性」の喩(たと)えとして使われている。 上記の川端作品の中で、ぼくがグッときた『母の初恋』と『ほくろの手…

川端康成『愛する人達』〜静謐なる成熟(1)

ある年齢になって初めて、堪能できる文章というものがある。 ぼくにとって、川端康成とはそういう作家の一人。谷崎のような絢爛豪華さや、三島のような豊穣な意匠も、川端さんの文章にはない。 しかし、一見何気ない、ひらがなの文章の奥に、静謐な成熟とで…

西岡常一『木のいのち 木のこころ』(草思社)〜合理化バカ

法隆寺などの解体修理などに携わった伝説の宮大工。故・西岡常一さんの本を読みながら、何度も唸らされた。その言葉は木だけにとどまらず、人や世の中にまで届き、その上、深く突き刺さっている たとえば、「木を長く生かす」という章では、宮大工の世界に代…

大澤真幸『不可能性の時代』(2)〜他者性を抜き取った他者

ひつこくて、すまん。だが、どうしても書いておきたい。 この本で、大澤さんの「オタク」についての言及部分。 他者の他者たる所以は、差異性にこそある。他者についての経験は、何であれ、差異をめぐる経験である。そうであるとすれば、オタクが欲求してい…

大澤真幸『不可能性の時代』岩波新書(1)〜現実への逃避という慧眼

現実逃避とは、あくまで現実からの逃避を意味する。 だが、大澤さんは、むしろ現実への逃避だという。一見小さなようでいて、それは天と地ほどに違う。やはり、ぼくらが学者に期待するのは、今を生きるぼくらの社会の空気を看破する、こんなコペルニクス的な…

原研哉『白』〜白を起点に世界を見る

白作者: 原研哉出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2008/05/01メディア: 単行本購入: 6人 クリック: 55回この商品を含むブログ (47件) を見る 雑踏の中で好みの女性に目が留まり、ハッとして立ち止まる。 そんな感じの本に出合った。それは小林秀雄の「花…

大島弓子『グーグーだって猫である』(第1巻 角川文庫)〜隙間たっぷりの生老病死

穏やかな昼下がり。レースのカーテンが、いくらかの日差しと風をはらんでしずかに揺れる。この本には、そんな余白がふんだんにある。読みながらどんどん力がぬけていく。 ひさびさに大島さんの漫画を読んで、サバと大島さんの日々を淡々とつづった過去の作品…

韓昌祐(ハン・チャンウ)『十六歳漂流難民から始まった2兆円企業』〜豪放磊落なエネルギー

一笑一若 一怒一老 一日不作 一日不食 この本の後半に出てくる、上記のフレーズがいい。 ひとつ笑いがあれば、その場を明るくし、本人の精神も若くなる。反対に、いつもイライラして怒っていると、それだけ人の精神は硬くなって老いる、という意味。著者の造…

ピーター・バラカン『魂(ソウル)の行方』

好きなものを熱っぽく語っている人の様子を見るのが、嫌いじゃない。でも、少ないんだよなぁ、それぐらい好きなものを持っている人が。ABC本店で、ピーター・バラカンさんが70年代ソウルを紹介しながら、それぞれの曲に呼応しながら、顔を少し蒸気させ、上…

お気に入り本棚〜アンビバレンツな心の揺れと向き合う

年末に本棚の整理をしていて、かなり本棚が空いた。それで、お気に入り本棚を一列つくってみた。ふと気が向いたときに、取り出して繰り返し読みうるだろう本を、適当に選んで集めた。昨夜、寝る前にその棚から無意識に抜き取ったのは、書家・井上有一著『新…

角川春樹最新句集『角川家の戦後』〜ことばの剣先が審(つまび)らかにするもの 

15日の京都取材にそなえて、京都市内在住の友人新居に泊めてもらうために、前日夜に東京を発つ。旅の友は、俳句いや、川柳に凝る父親への手土産に買った、角川春樹の最新句集『角川家の戦後』。最近、スープをよく作っているという母には、辰巳芳子さんの…

石井苗子著「『元気』をこの手に取り戻すまで」、朝日新聞10月7日書評で紹介! 

どうやら石井さんの新刊が、朝日新聞の書評欄で紹介されたらしい。じつは、今月4日発売の18日号『女性セブン』の人物ルポ連載「新・われらの時代に」でも、石井さんの本にもとづく記事が掲載されたようです。 自己嫌悪や厭世観、あるいは自殺への衝動とい…

柳田邦男『空白の天気図』〜事実をもって語らせることの凄み 

20数万人と2012人。 前者は、原子爆弾が投下された広島の死者および行方不明者数。後者は、その約1ヶ月強後に広島を襲った、枕崎台風での死者および行方不明者数だ。同台風の広島での犠牲者が、なぜ上陸地の九州全体の犠牲者数の4倍近いのか。戦争の…

『奇跡のごはん』が、東京新聞9月8日朝刊で紹介されてました f(--;;) 

す、す、すみません。愛読紙にもかかわらず、『奇跡のごはん』のミニ書評が掲載されていたのを見落としていました(^^;)。東京新聞9月8日付け朝刊の「くらし」欄の新刊紹介。しかも装丁がカラー掲載、ありがとうございます。 (前文略)母親が工夫した…

『奇跡のごはん』、朝日新聞8月31日夕刊で紹介!

ずいぶん、遅い情報ですが、@スチャラカでも紹介した宮成なみ著『奇跡のごはん』が、朝日新聞8月31日夕刊で紹介されていました。彼女の軌跡や、本文の間に挿入した簡単でひと手間かけた料理レシピ、そして彼女の「絶望」と「希望」を行き交ったジェット…